1on1の導入や研修を考える前に知っておいていただきたい基礎知識

1on1ミーティング(以下、1on1)という言葉を聞いたことがないビジネス・パーソンは今や少数派だだと思います。ある程度の規模の会社であれば、「1on1をやるように人事から指示されている。」という方も多いのではないでしょうか。
1on1とは、上司と部下の間で定期的に行われる1対1の対話のことです。というと、年に1−2回行われる評価面談やキャリア面談のようなものをイメージされるかもしれませんが、面談とは目的も手法も異なります。最低でも月1回、多い場合は週1回という頻度で定期的に行われ、あくまでも主役は部下として、部下の成長を上司が支援するための時間が1on1なのです。

リクルートマネジメントソリューションズの2022年4月の調査によると、従業員3,000名以上の大企業312社のうち75.7%の企業が何らかの形で1on1を施策として導入しているそうです。
参考:【調査発表】1on1ミーティング導入の実態調査

また、この調査によると、導入時期は直近3年以内の企業が60%にのぼっており、コロナ禍でリモートワークが進み、職場での上司・部下間のコミュニケーションの必要性がより高まったことが背景にあるとうかがえます。最近では1on1をサポートするシステムが登場しており、また、AIでの分析による1on1診断ツールの研究なども行われるなど「1on1流行り」の様相です。

しかし、これだけ多くの企業で1on1が導入されていても、残念ながら、1on1の本質が必ずしも理解されているとは言い難いのが現状です。弊社で実施している1on1講座に参加される方々からも、頻繁にこんな声が聞かれます。

人事から「1on1をやるように」という指示だけがきているが、実際には何をしていいかわからない。毎回業務の進捗確認をやっているがこれでいいのか。
会社で1on1研修を受けた時はできそうだと思ったが、実際に部下にやってみると部下が「特にありません」と言って話さないのでやめてしまった。
研修を受けて、やらないよりはやった方がいいとは思ったが、忙しいのでやっていない。
効果は理解するが、私の部下とはコミュニケーションが取れているので必要ない。
上司から定期的に1on1を受けているが、私が話すのは最初の5分だけ。あとはずっと上司が喋っていて、なんのための時間なのかわからない。

弊社にも人材開発部門の方から「1on1の研修をやってほしい」というご要望がよく寄せられますが、その目的や社内での浸透のさせ方についてあまり考えずに、研修さえやればいいと思われている方も時々見受けられます。そのような場合はお断りをさせていただくこともあります。なぜなら、現場には「1on1をやらない理由」が溢れており、「1on1をやりましょう」の号令をかける、あるいは、研修を1−2回やれば1on1が全社で実施されるようにはならないからです。

1on1は、うまく活用すれば、社員の自発性が増したり、職務満足度やエンゲージメントが向上したり、離職意志が減少したり、業績が上がってチームの生産性が上がったり、さまざまな効果があることが多くの研究からわかってきています。一方で、導入の難しさや、やり方によっては上司と部下の関係性が破綻してしまうなどのデメリットもあります。

世の中の多くの企業がやっているから1on1を導入しよう、研修をやろう、と思う前に、1on1とは何か、なぜ自社に必要なのか、どのように進めたら良いのか、しっかり立ち止まって考えていただきたいのです。一見遠回りに見えますが、それが社員を幸せにし、組織の目指す姿への近道です。私たちは、1on1を通して組織の中に対話が生まれ、社員と組織の幸せに貢献することを心の底から願っています。

目次
・1on1は米インテルから始まり、ヤフーにより日本に広まった
・1on1は「部下が経験を振り返る時間」
・1on1はコーチングでありコーチングでない?
・1on1は上司・部下の関係性の影響を強く受ける
・まとめ


1on1は米インテルから始まり、ヤフーにより日本に広まった

まずはじめに、1on1の本質をご理解いただくために、その歴史についてお伝えします。

「1on1ミーティング」という言葉を最初に用いたのは、米インテル社の元CEO、Andrew S Groveだと言われています(小倉,2019)。Andrew S Groveは1983年にアメリカで出版した自身の著書「HIGH OUTPUT MANAGEMENT」において、「1on1は人を育て、成果を最大にするためのマネジメントの一つ」だと述べています。

彼は、ミドルマネジャーの主な仕事はメンバーとの「情報共有」であり、そのためにメンバーと定期的に行う「1on1ミーティング」がマネジメントの要であると言っています。ミーティングは無駄なものとされて削減される傾向にあるものの、大事なのはミーティングの「あり方」。あり方次第でマネジメントを効率的に行うことができるとしています。さらに、1on1で上司は何をするのかということについては以下のように述べています。
「上司は1on1で何をするか。何が起こっているのか、部下は何に困っているのか、部下が表だって説明するのを助けてやれば良い。上司はそれを知り、コーチするためにそこにいるのだ。」
短い文章ですが、これが1on1での上司の役割を端的に表現しています。上司の役割は部下の話を聴いて話すことを手助けし、コーチすること。簡単そうに聞こえますが、実際に上司の立場にある人が日頃どれだけこの役割を果たせているかを考えてみれば、意外と難しいということがおわかりになるでしょう。

その後、インテルの影響を受けてシリコンバレーのIT企業を中心に1on1が広まり、日本に入ってきたのは2010年ころでした。実はこの少し前の2000年代に、新しい部下育成の手法として企業内にコーチングを取り入れる動きがあったのですが、なかなかうまくいかずに「コーチング疲れ」が起こって下火になりつつありました(詳細は後述)。そんな時に入ってきたのが1on1です。

2012年、ヤフー株式会社が1on1を社内の人事施策として取り入れ、2017年にその効果と手法を書籍「ヤフーの1on1」(本間,2017)で紹介すると、この本が「日本の人事部」による「HRアワード2017書籍部門」で優勝賞を受賞し、多くの人事の方々の目にとまることになりました。企業内のコーチングブームは下火になっていましたが、この10年の間に、多様化する社員の価値観への対応、社員の自律性促進、働きがいやチャレンジ意欲の向上、離職防止、メンタルヘルス向上など、人事部門にとっての課題が山積みだったからでしょう。「1on1を導入すれば解決できるのでは」と興味を持ったのです。

その後、2020年から始まった新型コロナの流行も1on1導入へ踏み出す大きなきっかけとなりました。それまでは効果に疑心暗鬼だった企業も、リモートワークにより職場のコミュニケーションが激減して仕事が滞ったり、メンタル面のケアが必要となったりして、次々と導入に踏み切りました。冒頭にご紹介したように、今や大企業の75%以上がなんらかの形で1on1を取り入れています。


1on1は「部下が経験を振り返る時間」

では、1on1とは何なのでしょうか。実務上に必要な観点だけでなく、アカデミックな観点も入れて考察していきたいと思います。

日本では以下のような定義が一般的です。

1on1とは、上司と部下の間の定期的な対話のことであり、その目的は、主に部下の経験学習を促進し、成長を支援することである。(本間,2017) 。コーチング、ティーチング、フィードバックを効果的に組み合わせて行われる。(本田,2020)。

ここで注目すべきは以下の2点です。

1点目は、「経験学習」という学習理論を用いた、成長促進の視点が入っていること、
2点目は、「コーチング、ティーチング、フィードバック」の3つの働きかけが必要ということです。

まず、1点目の「経験学習」について説明します。
経験学習とは、直接体験や実践を通じて学ぶことを重視する学習理論のことです。

アメリカのロミンガー社の調査によると、優れたビジネスパーソンが、自身の成長につながったと思う学びは、「仕事の経験」が7割、「他者」が2割、「書籍や研修」が1割という結果になりました。上司などの他者のアドバイスや研修以上に、直接の仕事経験が成長につながるということですが、これはビジネスパーソンであれば実感としても理解できるのではないでしょうか。

とはいえ、「他者」「書籍や研修」から学ぶということも決して意味がないわけではありません。学んだことをもとに具体的に行動を起こして経験に変えることで成長につながると考えられるからです。また、下記の「経験学習サイクル」を知ると、経験を振り返り、学びに変えていくプロセスに上司などの他者の関わりが重要であることもわかります。

デイビッド・コルブ(1984)によれば、経験学習は次の4つのプロセスで構成されます。

①具体的経験をする
②内省する
③教訓を引き出す
④新しい状況に適用する

図1のように①ー④が循環するため、「経験学習サイクル」と呼ばれます。

出所:コルブ(Kolb,1984)に松尾睦の知見を加えてダイヤモンド社が作成
(「ヤフーの1on1」2017,本間浩輔著,ダイヤモンド社,p56)

PDCAサイクルとよく誤解をされますが、それとは異なります。本間(2017)は、書籍「ヤフーの1on1」の中でこのように説明しています。

1on1では、この経験学習サイクルをまわすことをイメージしています。社員の具体的経験をもとに、その経験を掘り下げて(省察的観察)、教訓を引き出し(概念化)、次の仕事(新しい試み)に活かしていく、このサイクルを何回も回転させることによって、社員の学びを深めていくのが狙いです。

では、1on1での経験学習サイクルの回し方について考えてみましょう。

①部下の経験をもとに、1on1では②以降のサイクルを回します。1on1の頻度が1ヶ月に1回の場合は「過去1ヶ月」を、1週間に1回なら「過去1週間」の経験について、振り返っていきます。
 ↓
②内省(省察的観察):「今月(今週)どうだった?」
1on1で部下が1ヶ月(1週間)を振り返って、経験した事象や、その時の思考や感情を自分の言葉で語ります。上司は部下がさまざまな角度から振り返ることができるよう、質問やフィードバック等により内省を促します。
 ↓
③教訓:「そこからどんなことが学べる?」
経験を振り返った結果、部下の得た教訓を引き出します。
 ↓
④新しい状況への適用:「次はどうする?」
上司のサポートのもと、部下の次の具体的な行動や、教訓を活かせる機会を探していきます。新しい状況へ適用ができるよう、しっかり部下を勇気づけて終了します。

このように、1on1はある一定期間(1週間・2週間・1ヶ月など)のできごとを部下が振り返り、上司のサポートのもと、気づきや学びを得て次の行動に生かしていくための時間です。よって単なる「業務報告」や「上司による指導・指示」、「雑談」の時間ではありません。

一見簡単なことのようにも思えますが、これまで、部下に対して「業務報告」を求め、「できたかできなかったかの評価」を下し、「指導・指示」をしてきた上司にとっては、特に最初は難しいものです。

なお、弊社の1on1講座では、この「経験学習サイクル」を元にした「1on1の基本の型」をお伝えしています。「型」を身につけることで、1on1の目的である「振り返りからの成長支援」を効果的に実施することができ、さらには部下の状況に合わせて応用することが可能となります。


1on1はコーチングでありコーチングでない?

次に、2点目の「コーチング、ティーチング、フィードバック」の3つの働きかけについて考えてみましょう。

1on1は、学術的には「コーチング」のうちの「マネジリアル・コーチング」という分野に入ります。
「マネジリアル・コーチング」とは、文字通り「管理職による(上司による)コーチング」という意味です。1on1はコーチングの一形態であるにもかかわらず、なぜ、「コーチング、ティーチング、フィードバック」の3つの関わりが必要、とされるのでしょうか。

前述したように、1on1が日本に入ってくる前、新たな部下育成の手段としてコーチングが有効だともてはやされた時期がありました。それまでの「ティーチング中心」の部下育成ではなく、「相手(部下)の中に答えはある、だからそれを上司からの良い質問によって引き出すことが大切」と考えられたのです。

コーチングにもさまざまな定義や流派があり、唯一の正解はありませんが、数多くの定義の共通点として「タスク遂行」と「成長」の両面を支援することが挙げられます(松尾,2015)。

コーチングが「タスク遂行と成長の支援のため」であるとすれば、ティーチングやフィードバックの要素もコーチングの中に含まれるとも解釈できるのですが、当時は、これまでのティーチング中心の育成手法に対立する手法だと捉えられた結果、「教えることは悪だ」という誤解が生まれたようです(中原,2017)。職場にはコーチングを学んだことで「部下に質問ばかりするマネジャー」が出現し、部下からは「質問ばかりされて気持ち悪い」「誘導尋問をされて嫌な体験をした」「アドバイスが必要な時にも質問で返される」という声も上がり、コーチングに対してアレルギー反応を起こす人たちもいたのです。

いくら「相手の中に答えがある」とは言っても、相手の業務経験が少ない場合、「どうすればいいと思う?」と聞いても答えが出てくるわけがありません。よって、ティーチングやフィードバックも時には必要であるということを「1on1」ではあえて強調しているのです。もちろん、ティーチングやフィードバックも使い方を間違えると「振り返りによる成長支援」が難しくなります。相手の状況によってタイミングや頻度を見極めるなど、その使い分けが重要となります。

1on1はコーチングの一種ではあるものの、「コーチング=質問により相手から引き出すもの」という誤解を受けた失敗から、「コーチング、ティーチング、フィードバックの3つのスキルが必要」と強調されているのです。この点に気をつけて、1on1のスキルを身につける必要があります。

なお、弊社の1on1講座では、ティーチングやフィードバックの意味合いとスキル、必要なタイミングについてしっかりお伝えしています。


1on1は上司・部下間の関係性の影響を強く受ける

最後に、もう1点、上司と部下の間で実施されるからこその、1on1=マネジリアル・コーチングならではの特徴を述べておきます。

1on1は、「職場において」「上司と部下の間」で行われる対話です。その対話の質は、職場の状況の影響、上司・部下の関係性の影響を強く受けます。第三者と対話する場合と、上司・部下で対話する場合の違いや難しさがあることが想像できるのではないかと思います。

例えば、上位下達の風土の強い組織や職場では、部下が、自分の頭で考えたり、自発的に行動したりすることが難しい環境に置かれていると考えられます。さらに上司がパワハラの傾向にあれば、「この1ヶ月どうだった?」と質問をされても、部下が、うまくいかなかったことや困っていることを正直に話すことは難しいでしょう。また、上司自身が、若い頃から長い間、厳しい指導を受けながら昇進してきたとすれば、部下に指導することが良いことだと思い込み、経験学習サイクルを回して成長につなげることの重要性をなかなか理解できないかもしれません。

言うまでもないことですが、部下は、上司に評価される立場にあります。よって、自分の評価を下げる可能性のある失敗談や悩み相談などは簡単には話さないものです。しかしそういった本音の話の中にこそ、乗り越えていくための示唆がたくさんあります。1on1は上司が部下を評価する場ではなく、上司による部下の成長支援の場であることを、上司も部下もあらかじめ理解する必要があります。

弊社では、1on1は職場の上司・部下間で行われるものであるからこそ重要性と難しさを人材開発部門のみなさまにしっかりとお伝えし、ともに乗り越えていくお手伝いもさせていただいています。


まとめ

1on1には、部下の満足度の向上や離職率の低減、チームの生産性の向上などさまざまな効果があると研究からもわかってきています。しかし、現場には「1on1をやらない理由」が溢れており、導入の仕方や伝え方を誤ると逆効果になることもあります。1on1の生まれた背景や目的、1on1ならではの特徴と難しさを知って、自社に合った導入の準備をしましょう。

1on1は米インテルから始まり、ヤフーにより日本に広まりました。コロナ禍において職場でのコミュニケーションの重要性が再認識されると、導入企業が一気に増えました。

1on1とは、上司と部下の間の定期的な対話のことであり、その目的は主に、部下の振り返りと成長を促すこと、つまり経験学習サイクルを回すことです。上司の関わりにより、部下は効果的に経験学習サイクルを回すことが可能になります。

1on1は、学術的には「マネジリアル・コーチング」の一つに分類されます。コーチングというと「相手に質問して引き出すもの」と思われがちで、過去のコーチング・ブームでは上司が部下に質問ばかりして失敗するケースが多く起こりました。部下の成長を支援するためには「質問して引き出す」だけでなく、ティーチングやフィードバックのスキルも身につけ、状況により使い分けることが重要となります。

1on1は、上司と部下の間で行われる対話であるため、職場の状況や上司・部下の関係性によってその質が大きく影響されます。状況や関係性によっては部下が本音を話すことが困難になり、経験学習サイクルをうまく回すことができなくなります。上司も部下も、評価ではなく「部下の成長支援」という1on1本来の目的に常に焦点を合わせる必要があります。

わたしたちは、1on1を通して組織の中に質の高い対話が生まれ、社員と組織の幸せに繋げたいと思っています。その思いを持って、ともに進んでいきましょう。

参考文献

Grove, A. S. (2015). High output management. 邦訳:アンドリュー・S・グローブ. (2017). High output management. 小林薫(訳). 日経BP社.
本田賢広. (2021). 実践!1on1. 日経文庫.
本間浩輔. (2017). ヤフーの1on1:部下を成長させるコミュニケーションの技法.ダイヤモンド社.
Kolb, D. A. (1984). Experiential learning: Experience as the source of learning and development (Vol. 1). Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall
松尾睦. (2015). 管理者コーチング研究の現状と課題 (林伸二教授退任記念号). 青山経営論集= Aoyama journal of business, 50(2), 65-67.
中原淳. (2017). フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術. PHPビジネス新書.
小倉広. (2019). 任せるリーダーは実践している1on1の技術. 日本経済新聞社.
リクルートマネジメントソリューションズ. (2022). 1on1ミーティングの実態調査. https://www.recruit-ms.co.jp/press/pressrelease/detail/0000000372/ (2023.4.30アクセス)

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